おはこんばんにちは、senehataです。
今回は前からずいぶん時間が経ってしまいましたが、国富論の要約の続きをしていこうと思います。

今回、要約するのは「土地の地代」についてです。そもそも地代とは何だという話から以下に要約していきます。
はじめに
地代は、土地の利用に対して支払われる価格とみたとき、その土地の現状で借り手が支払える最高の価格になるのが自然である。
この章では、土地の生産物によって地代がどのように異なるかを論じていく。
土地の生産物のうち常に地代を生じる部分
人類は食物の量に比例して個体数が増えていく(現在ではそうとも言えないが)ので、食料の需要は常にある。食料があれば必ず、何らかの量の労働を購入・支配できるし、食料を入手するために働こうとする人は必ず見つかる。
ほとんどの土地でも、食料を生産すれば、市場に供給するのに必要な労働を維持できる量以上の食料を生産できる。このため、地主が地代として確保できる部分がかならず残る。つまり、食料は土地の生産物のうち常に地代を生じるものである。
生産される食料は主に人間の主食である穀物(麦や米など)や家畜の餌である牧草である。
また、穀物以外の食料を生産することもある。例えば、果樹園や野菜畑が挙げられる。これらは穀物に比べて地代や利益率が高い。しかし、土地をこれらの用途に適したものにするにはかなりの経費がかかるし、収穫量も穀物に比べると不確実であるというリスクが伴う。
土地の生産物のうち地代を生じる場合と生じない場合がある部分
食料以外の生産物は、状況によって地代を生じることも生じないこともある。食料を除いて、人が特に必要とするのは、衣服と住居である。
未開の社会では、土地でとれる食料で養える人数には余りあるほど、衣服と住宅の材料が豊富にある。しかし、発達した社会では、土地で生産できる食料で養える人数がはるかに多くなって、衣服と住宅の材料が不足することがある。
したがって、未開の社会では衣服や住宅の材料はほとんど価値を持たないが、発達した社会では価値がある。そのため、地代についても、未開の社会では衣服や住宅の材料の活用で、地主に地代を払うことは不可能だが、発達した社会では地主がある程度の地代を確保できる。
衣服の材料
衣服の材料としてまず使われたのは比較的大きな動物の皮である。未開の社会では、動物を狩猟して食料を得られれば使いきれないほど衣服の材料である皮が手に入るが、使い切ることもできないので捨てられる。ヨーロッパ人がアメリカ大陸を発見する以前では、北アメリカの狩猟民族はそうしていたと考えられる。
しかし、時代が経ち余った毛皮は毛布や銃、ブランデーなどと交換されるようになり、ある程度の価値を持つまでに至った。
スミスの時代のイングランドでは、動物の皮だけでなく、羊毛も衣服の材料として価値を持つようになったようだ。(本書には書かれていないが、絹や綿も衣服の材料として価値を持っていたと思う。)
住宅の材料
住宅用の材料は、衣服の材料ほど遠くまで運べるとは限らず、すぐに貿易の対象になるわけではない。材木用の樹木は、人口が多く農業が進んでいる国では価値が高いため、こうした木を産出する土地の地代は高い。
しかし、スミスの時代のまだまだ未発展の北アメリカや、スコットランドなどでは樹木では地代が得られない。
採石場で取れる石材なども材木と同様の理由により、ロンドン周辺などの大都市では地代が得られるが、スコットランド、ウェールズ周辺では地代が得られなかったようだ。
その他に価値を増すもの
他にも、地中にある化石燃料や金属、貴金属、宝石に対する需要も増すようになる。
上記二つの価格の比率についての変化
土地の改良と耕作が進むと、一人あたりの労働で得られる食料は増大するため、食料は豊富になる。そして、食料以外の実用や装飾に使われるものすべてに対する需要が増加することは前節までで論じた。
したがって、社会の発展とともに「地代を生じる場合と生じない場合がある生産物」の価格は、「地代を常に生じる生産物」の価格と比べて常に上昇傾向をたどると考えられる。
まとめ&感想
原始社会まで遡ってみて、人類が求めてきたものと生産できるものを考えてみると、地代の遷移が分かる。
需要サイド(まずは食料が欲しくて、食料の余裕ができれば際限なく便利を求める)と供給サイド(土地の改良による食料生産性の向上)の両方の視点から考えることでより正確に考察できて良いと思った。
参考文献
アダム・スミス/山岡洋一 訳「国富論ー上」、日本経済新聞出版社、2007年
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