マズローの主著「人間性の心理学」の解説② 欲求階層説とは

心理学

こんにちはsenehataです。

今回(第2弾)もマズローの主著の人間性の心理学の要約、及び考察を綴っていこうと思います。

以下リンクが前回の記事です。

マズロー著「人間性の心理学」の要約 第1弾 幸福について
こんにちは。 今回は「人間性の心理学」という本を読んでそれを要約したものを紹介しようと思います。 この本はマズローという心理学者によって記されました。マズローとは誰かというと、欲求階層説という心理学で有名な理論を提唱した人物です...

マズローの人間性の心理学は内容が結構ボリューミーなので、要約するのにも時間がかかりそうです。。。(しかし、含蓄に富む名著)

 

3.科学の問題中心的傾向vs手段中心的傾向

手段中心的傾向とは何かというと、科学の本質がその問題・疑問・機能・目標の中にあるというよりは、むしろ、その道具・技術・手続・方法の中にあると考える傾向を指している。この傾向がこれから批判されるわけが、これは、例えば現在の高校教育がいかに問題の本質を熟考するというよりかは、解放の暗記や、計算の早さを重視するというような本質とはかけ離れているものに終始してしまっていることを想起させる。実験の授業でも同じことが言えるかもしれない。(とにかく実験手順さえ間違わなければ大丈夫といった考え方)

マズローはこの方法論を低く評価するわけではないが、科学の手段が目的と置き換わることが良くあることを指摘している。と言うのも、手段中心的傾向は、科学を階層化する強い傾向がある。これは極めて有害で、例えば、物理学は生物学より「科学的」であると考えられており、生物学は心理学より「科学的」と考えられており、心理学は社会学より「科学的」とされている。

このような階層化の仮定は、的確さ、完成度、技術の精緻さのみに基づいて可能である。というのも、問題中心的科学の観点からは、そのような階層は決して出てこないからである。問題の本質から見て、失業とか人種偏見とか愛の問題が星やナトリウムや腎臓などにかかわる問題より重要でないとは誰も断言できないからとしている。

また、手段中心的傾向は科学者と他の真理探究者に大きな亀裂を作っていしまう傾向にある。例えば、現代の科学者と哲学者には大きなギャップがあるが、仮に科学を真理・洞察を求める探究であり、重要な問題に対する関心であると定義するならば、科学者と哲学者と芸術家などをはっきり区別することは難しいだろうと指摘できる。と言うのも、偉大な科学者・真理探究者たちは人文的・科学的な教養が深い人が多いというようなは色んな書籍で紹介されている。

このマズローの考えを読んで、物理学や心理学、社会学などについて自分の中では勝手にまさに上に書いてあるように階層化してしまっていた…と思った。

ところで、討論の中で、相手の論証に証拠(科学的・実験的エビデンス)が備わっていないが故に反駁を試みる風景をよく見る。この論法についてマズローの手段中心的科学の考察を踏まえて考えてみる。これは、人文的な領域の主張に添える根拠に、理系的な領域で求められる実験を主とした内容であることを求める主張であり、文系的な領域では原理的に実験ができない分野(哲学など)もあることを踏まえると、誤った反駁法であることが分かる。(簡単に言ったら、文系に理系的根拠を求める誤謬とでも言えようか。)

4.動機づけ理論

4.1 マズロー心理学の画期的な点

今まで人間の幸福だったり、科学観について話したが、ようやく人間の欲求について触れていこうと思う。動機づけとは何かというと、簡単に言えば、モチベーションのことで、Wikipediaによると、

動機づけとは、行動を始発させ、目標に向かって維持・調整する過程・機能。

と書かれている。(動機づけは認知心理学について学んだことがあるならば、外発的動機付けや内発的動機付けなど聞いたことがあるかもしれない。)

この動機づけについて解説していくことになるが、マズローは今までの動機づけ理論が次の2点においてしかるべき注意を払わなかったと指摘している。第一に、人間というものは、一段階づつ段階を踏んでしか満足できないという事。第二に、色々な欲求間には一種の優先序列が存在するという事。

また、マズローの時代のほとんどの心理学者が、人間の行動は全て欲求の満足を求めるという形、即ち欠乏しているものを求めるという形で動機づけられているとしたが、マズローはこれに異を唱える。むしろ、成熟、成長といった自己実現は欠乏しているものを補完するというかたちではなく、それ自体を目指して成長したいということだ。(これを内的心理的過程の表出と言う。)

 

4.2 動機づけ理論の定式化

それでは、動機づけ理論の中身に入っていこうと思う。ここで再度マズローは欲求は一つ一つ関連しているのであって、欲求一つが孤立することはないことを強調する。

以下、マズローが基本的欲求として挙げた五つの欲求。

4.2.1 生理的欲求

一つ目は生理的欲求、食物への欲求です。食物、安全、愛情、尊敬などを失った人にとって食物に対する欲求が一番強くなると考察している。というのも、仮に食物が全く手に入らず極度の飢えの状態になった時は、意識のほとんどが食物に関することで占有されてしまい、あらゆる人間の能力が飢えを充足する方向にのみ使われる。この極度の飢えの状態の時は、自由、愛、コミュニティ感情、哲学などはすべて胃袋を満足できないという理由から、役に立たないものとして退けられ、ただ食物さえあれば完全に幸福であり、それ以外は何も望まないようになる。しかし、飢えが満たされた瞬間に即座に高次の欲求が出現し、生理的欲求に代わって優位に立つようになる。

4.2.2 安全の欲求

二つ目は安全の欲求、様々な危険から安全な所にいたいという欲求。先ほどの生理的欲求よりも高次の欲求である。しかし、この欲求も生理的欲求と同じく、安全が脅かされている状態では、人間の意識や機能が「全て」安全を求める方向に働く。この場合、安全と保護以外に重要なものは何も無いというような思考になる。(時には生理的欲求さえも、満たされていて過少評価される場合がある)

安全欲求が社会的場面で焦眉の急となるのは、法律や秩序が脅かされ、無秩序や暴力革命の脅威がある場合である。この時には健全な人も含めて、簡単に独裁者や軍部の支配を受け入れてしまうとマズローは言っている。というのも、安全欲求水準まで逆行して危険に対して反応するようになっており、自らの防衛に備えているからだそう。

個人的には、これにはかなり驚きです。仮に自分のいる国が戦争を始めたり、暴力革命が起きるようならば、事前に危険な気配を察知して、一目散に海外に逃亡すべきだとは思いますが、その国でうずくまっていると、いつの間にか独裁者や軍部の言いなりになってしまう所まで無思考になってしまうようなので、とにかく常に今の政治情勢を見張り続けることが肝要なのかと思います。

4.2.3 所属と愛の欲求

三つめは所属と愛の欲求。上記の二つの欲求が満たされることによって生じる欲求である。かつて飢餓状態であった時は、愛などは非現実的で不必要なものと軽蔑していたが、今や孤独や拒否、追放などの痛恨をひどく感じるようになる。

4.2.4 承認の欲求

自己に対する高い評価、自己尊敬、他者からの承認といった、承認の欲求には二種類ある。第一に、強さ、達成、適切さ、熟達と能力、世の中への自信、独立と自由などに対する願望が挙げられる。第二に、他者から受ける尊敬、承認、評判、信望、地位、名誉、優越、評価などに対する願望が挙げられる。

4.2.5 自己実現の欲求

これらの欲求がすべて満たされたとしても、人は自分に適していることをしていないかぎり、新しい不満が生じ落ち着かなくなってくる。自分自身、最高に平穏になるならば、人は自分がなり得るものにならなければならない。このような欲求を自己実現の欲求と呼ぶ。詳細はまた別の記事に書こうと思う。

4.3 相対的満足度

マズローの動機づけ理論の五つの欲求を上に列挙した。

ここまでの話を聞いて、一つの欲求が満たされて、初めて別の欲求が満たされるものだと思われただろう。しかし、実際にはそうではない。マズロー自身も独断的だとは断っているが、数字で表してみると、平均的な人ならば、生理的欲求が八五%、安全の欲求が七十%、愛の欲求が五十%、自尊心の欲求が四十%、自己実現の欲求が一〇%が充足されているだろうとマズローが推測している。

このように欲求は飛び飛びに生ずるのではなく、優勢な欲求が満たされながら、新しい欲求も同時に満たされる具合である。

補足としては、マズローというと良くピラミッド型の欲求ヒエラルキーのようなものが取り上げられるが、実はこのピラミッドの図はマズローが考えたものではない。これはあくまで理解のために便宜的に作られたものであり、このピラミッドを見ただけではマズローの動機づけ理論の本質を知ることができないことに十分注意されたい。

 

まとめ(第二弾)

今回の記事はだいぶボリューミーな記事となった。今回のでマズローのいわゆる欲求階層説の概説の説明をあらかた説明し終わったので、次回の記事ではさらにマズロー心理学の深部へと踏み込んでいきたいと思う。

マズロー心理学はまだまだ始まったばかりなのである。

 

引用文献

Abraham H. Maslow/小口忠彦 訳「人間性の心理学」、産業能率大学出版部、一九八七年

コメント

タイトルとURLをコピーしました